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1980年代の人気AV女優40選!懐かしい昭和のセクシー女優年表【エロ動画・エロ画像】

1980年代の人気AV女優40選!懐かしい昭和のセクシー女優年表【エロ動画・エロ画像】

アダルトビデオは、和製英語(Adult Video)。グラビアアイドルと同じように、日本独自の呼び方で、セックス(性行為)を楽しむ映像のこと。略称は「AV(エーブイ)」。

日本でAV(ダルトビデオ)が普及しはじめたのは、1970年代後半から1980年代前半。愛染恭子がAVデビュー。その後、菊池えり、小林ひとみ樹まり子といったレジェンドAV女優が次々とデビューしました。そこで、1980年代に活躍した人気のAV女優をご紹介します。

1981年AVデビュー(時代背景:スペースシャトル「コロンビア」打ち上げ)

愛染恭子(あいぞめ きょうこ)

生年月日:1958年2月9日(64歳)

父方の祖母がカナダ人というクオーター。

東京都立忍岡高等学校卒業後にスカウトされ、ヌードモデルとして活動。

青山涼子の芸名で1975年にピンク映画『痴漢地下鉄』でデビュー。

1981年、『白日夢』の主演に抜擢され、本番行為を演じたことを契機に、愛染恭子と改名。

現在は、監督・女優業のほか、twitterでフォロワーの恋の悩みや相談にも乗っています。

どすけべ女社長 未亡人の性欲

美保純(みほじゅん)

生年月日:1960年8月4日(62歳)

静岡精華学園高等学校中退。

静岡市内のデパート勤務の後、1980年に「ディスコ・クィーン・コンテスト」へ出場して優勝。

1981年に映画『制服処女のいたみ』で主演デビュー。1982年には映画『ピンクのカーテン』でブルーリボン新人賞を獲得。

現在も多くの映画、テレビドラマ(『菊次郎とさき』、『クライマーズ・ハイ』)、バラエティ(『Dのゲキジョー』パネラー)に出演し、活躍しています。

1982年AVデビュー(中森明菜がワーナーパイオニアから「スローモーション」でデビュー)

八神康子(やがみ やすこ)

生年月日:1962年3月9日(60歳)

その後1982年に東京・渋谷でスカウトされたのがきっかけで芸能界入り。ビニ本、SM雑誌などで活動。

1983年に写真集『隣のお姉さん』の読者人気投票で1位になり、同名ビデオでデビューした最も初期のAV女優の一人。

The Best of No.1 八神康子 Deluxe

朝吹ケイト(あさぶき けいと)

生年月日:1962年7月3日(60歳)

大学在学中の1982年ににっかつ配給の成人映画『女子大生の下半身 な〜んもしらん親』でデビュー。

ロマンポルノを中心に活躍。しかし、成人映画の衰退と共にアダルトビデオへ活動の主体を移し、真性挿入を行うなどAVの世界で精力的に活動。

その後より一層精力的に本場、アメリカのハードコアポルノに出演するため渡米したが、現地(ロサンゼルス)で交通事故に遭い出演を断念。

結婚を機に引退。その後、2004年に通販番組に視聴者代表として数回出演している。

芸名の「朝吹ケイト」は、イギリスの女性歌手「ケイト・ブッシュ」が由来。

新・大人のAV 官能ドラマ傑作選vol.2 7作品本編まるごと収録

1984年AVデビュー(植村直巳がマッキンリー山で遭難)

竹下ゆかり(たけしたゆかり)

生年月日:1965年2月1日(57歳)

18歳の時、沖縄から上京し歌舞伎町のファッションヘルス店で働き始める。

AV監督の高槻彰にスカウトされ、『私を女優にして下さい。「何でもやります。」』(宇宙企画)で本格的なデビュー。

AVというメディアが社会に浸透し始めた時期に、2万本を超える大セールスを記録した『ミス本番 裕美子19歳』を制作した宇宙企画が次にヒットさせた作品が『私を女優にして下さい。「何でもやります。」』。

アダルトビデオがモデルの可愛さ、清潔感を売りにする分野を確立をした初代の単体女優。

竹下ゆかり 電気ショックで本番

滝川真子(たきがわまこ)

生年月日:1965年4月29日(57歳)

1982年頃から「小川理恵」の芸名でグラビアを中心に活動し、美保純の写真集『美保純と二人の女友達』(1983年、東京三世社)にゲストの1人として掲載。

その後にっかつキャンペーンガール「おさそいシスターズ」に応募したのをきっかけに、1984年9月ににっかつロマンポルノ『痴漢保健室』でスクリーンデビュー。

1980年代半ばのにっかつを代表する女優の1人として活躍。

早見瞳(はやみひとみ)

生年月日:1964年4月2日(58歳)

1984年、アダルトビデオに出演。デビュー作は、『ミス本番 有希子20歳 めぐり逢い』(宇宙企画)

1985年、2作目『有希子・ふたたび』(宇宙企画)が空前のヒットを記録。その後、早見瞳と改名しAV女優として初めてレコーディングやサイン会を開いた。

1988年、約40本の作品を残し引退しました。

EVE(イヴ)

生年月日:1963年11月22日(58歳)

静岡県田方郡出身。本名、勝又君枝。身長160cm・スリーサイズはB89・W58・H88。

歌舞伎町、ノーパン喫茶嬢出身、1984年にロマンポルノ『イヴちゃんの花びら』で主演デビュー。『トゥナイト』(テレビ朝日)を始めテレビ番組にもよく取上げられ、ノーパン喫茶の女王、歌舞伎町のアイドルと称されました。

1985年AVデビュー(御巣鷹山に日航ジャンボ墜落)

菊池 えり(きくち えり)

生年月日:1965年4月5日(57歳)

10代後半より各種風俗を経て1984年、デビュー作と言える裏ビデオの『みえちゃった』がマニアの間で話題となりAV業界へ。

1985年に菊池えり名義のデビュー作、『シスターL』が発売。この作品はAV史上に残る名作と言われ、SMファンのみならずAVファンの間で話題となり大ヒット。

1986年にはストリップ界にも進出、黒人ダンサーとのショーで全国を回る。そのダンサーと結婚して、1991年にグアムに移住、AVの仕事はセーブしたが3年ほどで離婚。

1997年には帰国。翌年、六本木にオープンしたアクトレスバー『AVnormal』(現在は閉店)に在籍、AVへも復帰。店には他に樹まり子や栗原早記ら、AV女優が30人ほど在籍していた。

40代を迎え。2018年現在は名古屋のファッションヘルスに勤務。

第4回にっかつロマン大賞艶技賞、『ビデオ・ザ・ワールド』(コアマガジン)1991年度AV大賞女優賞受賞。元祖アイドルAV女優との呼び声も。

PORNO STAR 菊池えり

中沢 慶子(なかざわ けいこ)

生年月日:1965年9月9日(56歳)

岩手県出身。1985年デビュー。

色白でスレンダーなボディ、脚線美で人気のあった、アダルトビデオ創生期に活躍した女優の1人。

1988年、週刊プレイボーイにおいて3週にわたって、『中沢慶子物語 鏡の中の夢』(2月23日号、3月1日号、3月8日号)と題して、その生い立ちからAVの引退に至るまでの道のりが掲載された。内容としては、女優を夢見て上京したが「AVに出れば女優になれるよ。」という甘い言葉に誘われ、肉体的に酷使されたあげく報酬のほとんどを事務所に搾取されるという負の面が強調された物語に。

2012年、AV30周年を記念した作品、「AV女優100人 2 伝説&現役のトップ女優たち」(オールアダルトジャパン)にAV史に名を刻んだ女優として選ばれています。

中沢慶子

1986年AVデビュー(チェルノブイリ原発事故)

秋元 ともみ(あきもと ともみ)

生年月日:1967121日(54歳)

セーラー服3部作で一世を風靡した伝説のAV女優。

北海道旭川市生まれ。

高校在学中の1985年、原宿でスカウトされ、ファッションモデルとして活動。

19861月、全日本ビデオソフト協会主催による「ビデオクィーンコンテスト」で審査員特別賞を受賞。

同年4月に宇宙企画より『卒業します』でAVデビュー。

宇宙企画との間で当時のAV業界では異例だった専属契約を結び、同時期に専属女優となった麻生澪、早川愛美とともに、同社がAVアイドル路線、いわゆる「宇宙少女」路線へと踏み出すきっかけをつくりました。

生年月日:1968年2月4日(54歳)

麻生 澪(あそう みお)

1986年5月、『秘蜜のしたたり』(宇宙企画)でAVデビュー。先にデビューした早川愛美、秋元ともみらとともに、宇宙企画と専属契約を結ぶ。

活発なグラビア活動によって、『天使の悪戯』をリリースするころには人気が定着。かわいさとみや小森愛といった後発の「宇宙少女」がデビューしたあとも安定した活動を続け、80年代の宇宙企画において最も多くの単体作品を残す。

小林ひとみ 

生年月日:1963年9月2日(58歳)

1986年3月、"松本かおり"の芸名で『ときめき・KAORI19歳』というタイトルの写真集、同年5月には同名のイメージビデオを発売し、芸能界デビュー。

さらに同月、芸名を現在の"小林ひとみ“に変え、『禁じられた関係』でアダルトビデオにデビュー。

デビュー作は当時1本1万円以上する時代でありながら、5万本の販売を記録。

アダルトビデオをサブカルチャーにおけるジャンルの一種として確立させた功労者。「AV女優」という呼称が一般化したのは小林ひとみが出てからであるとも言われています。

Legend VOL.1 小林ひとみ

奈保子

当時のアイドル歌手「河合奈保子」ではなく、AV女優の「奈保子」。

河合奈保子と同じように、可愛い顔立ち、胸のカップが90センチという美巨乳。

雰囲気も河合奈保子と似ており、河合奈保子ファンからも愛されたAV女優。

当時、美巨乳の女優が少ない時代。隠れファンが多い存在。

新田恵美  

生年月日:1967年11月4日(54歳)

東京都出身。1986年にデビューしたAV女優。

当時のアイドルグループ、おニャン子クラブの新田恵利に顔が似ていることが芸名の由来とされています。

ピンク映画にも多く出演。日活ロマンポルノの出演女優で編成された「ロマン子クラブ」の会員番号1番としても活動しました。

新・未亡人下宿 未亡人は19歳 新田恵美

黒木 香(くろき かおる) 

生年月日:1965年1月21日(57歳)

横浜国立大学の在籍中の1986年にイタリア留学の費用を工面するため、自らアダルトビデオ (AV) に出演。『SMぽいの好き』(クリスタル映像)でデビュー。

当時では珍しく、AV女優側の黒木が監督・男優の村西を挑発する斬新な演出で、異例の大ヒット。

一人称は「わたくし」で、「私思いますに……でございます」と丁寧な言葉遣いや話し方であったが、内容は言葉の端々に性交に関することを織り交ぜ、一躍有名人に。

村西とおるとは恋愛関係にあったが、あと業界を引退。

1994年、宿泊していたホテルの2階ベランダから転落。酒に酔っての事故だったが、週刊誌には自殺未遂だと書き立てられました。

1987年AVデビュー(世界の人口50億人を突破)

高橋 めぐみ(たかはし めぐみ)

生年月日:1967年5月10日(55歳)

1987年にデビュー。AV創世期に活躍した女優の1人。

女子校生モノやSM系の作品に多く出演。

AVの他、「にっかつロマンポルノ」など成人映画にも多数出演。

一般Vシネ二部作「ザ・ブラインドキャット」「妖闘地帯KIRIKO」にも主演し、高い人気がありました。

美人OL仕事中悪戯 高橋めぐみ

冴島 奈緒(さえじま なお)

生年月日:1968年3月23日(没年齢:44歳)

1985年、グラビアモデルとしてデビュー。深夜番組『11PM』(日本テレビ)の火曜日の名物企画「秘湯の旅」のレポーター(通称「うさぎちゃん」)の1人として、全裸に近い状態で数々の温泉を紹介。華奢な体からは想像できない巨乳と、クールな雰囲気を漂わせる色白美人として人気を誇る。

1987年、『冴島奈緒/FカップNo.1 奈緒の目覚め』でAVデビュー。『11PM』に出演していたという話題と、スリムな体形に巨乳のアンバランスさでAVでも人気が爆発。

2002年、川奈まり子と共演した『女神再降臨』は大きな話題。

仕事で性交渉をすることを快くは思っていなかったため、本番はやらず、全て擬似だったと本人が明かしています。

2012年9月29日、5年ほど前から患っていた癌により逝去。44歳没。

乳白色があふれて 冴島奈緒

葉山みどり 

生年月日:1969年3月1日(53歳)

1987年、「南風ひろみ(みなみかぜ ひろみ)」として『熱艶シャワー 朝からかけて』でAVデビュー。程なく「葉山みどり」に改名。

巨乳とアイドル的なルックスで人気を博し、斉藤唯冴島奈緒と共にAV女優のユニット『RaCCo組』(後に冴島奈緒が脱退し、星川ミグが加入)でも活動。

東 清美(あずま きよみ)

生年月日:1967年5月14日(55歳)

1987年にデビューした、1980年代後半を代表するアイドルAV女優の1人。愛称は「あずきよ」。健康的で大きなお尻がチャームポイント。斉藤唯・前原祐子・長崎みどりと共にアテナ映像の2代目セクシーメイツとしても活動。

1988年に引退し、AV男優の臼田健治と結婚。引退作である『東清美の尻めつれつ サヨナラの向こう側』は、臼田との共演作。

かわいさとみ 

生年月日:1969年2月14日(53歳)

1987年、『ベッピン』(英知出版)4月号で「かわいさとみ」として再デビュー。

同年9月には、宇宙企画から単体デビューAV『ぼくの太陽』が発売。かわいさとみ唯一のカラミのシーンが収録された本作は、ソフトな内容にもかかわらず、16,000本という爆発的なセールスを記録。オリコンのビデオ部門のヒットチャートでAVとしては初めてトップ10にランクイン。

北原美枝時代に撮影されたAV『ブルーアイランドの風』も、デビュー作のヒットを受け、「かわいさとみ」名義で発売されました。

1988年AVデビュー(青函トンネル開通、「東京ドーム」完成、瀬戸大橋開通)

日向 まこ(ひゅうが まこ)

生年月日:1967年12月27日(54歳)

1988年に『駅弁大将物語 いじり魔子』(クリスタル映像)でデビューしたロリータ系のAV女優。

当初の芸名は「いじり魔子( – まこ)」(命名は村西とおる)だったが、本人が嫌がっていたこともあり間もなく「日向まこ」に改名。

1989年に引退。1996年に復帰したが、翌1997年に引退。

あぶない放課後 日向まこ

沖田ゆかり(おきたゆかり)

1988年、アテナ映像からリリースされた『いんらんパフォーマンス 色即是空』でAVデビュー。

1980年代後半は、淫乱ブームが巻き起こり、豊丸や沙也加、咲田葵といった淫乱系のAV女優が人気。沖田ゆかりも、淫乱女優として活躍したAV女優のひとり。

村上 麗奈(むらかみ れな)

生年月日:1967年11月25日(54歳)

グラビアモデルを経て、1988年に発売されたアダルトビデオ 『発情伝説』への出演でAVデビュー。

AV女優としての活動は同年限りだったが、約1年間に34本のビデオ作品に出演し、お嬢様系の雰囲気と日本人離れしたナイスバディで一世を風靡しました。

松本 まりな(まつもと まりな)

生年月日:1969年6月9日(53歳)

1988年1月にAVデビュー。1980年代末から1990年初めにかけて活躍し、1990年に引退。この活動期には『タモリ倶楽部』など多くのバラエティ番組にお色気要員として出演。

2011年7月、21年ぶりに復帰[2]。復帰作品は、3,000本売れるヒット作品。

桑田佳祐が松本のファンであり、サザンオールスターズ「女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)」のミュージック・ビデオへの出演オファーが舞い込んだことも。

極選ノーモザイクアナル生中出し失禁2穴ファック 松本まりな

豊丸(とよまる)

生年月日:1967年9月29日(54歳)

1980年代後半を代表するAV女優の1人。

多くのテレビ番組にも出演。「甲斐えりか」の別名でも活動。

みずからが感じまくり積極的に男を求める猥褻演技で最強の淫乱女優として人気を博す。

1988年から89年にかけてAV界を席巻した淫乱ブームの中心的存在。沙也加、咲田葵、亜里沙、沖田ゆかり、栗原早記、有希蘭、千代君といった女優が淫乱派として覇を競ったが、その中で一番の知名度を誇りました。

豊丸伝説 超変態

葉山レイコ(はやまれいこ)

生年月日:1969年7月13日(53歳)

1988年3月、『オトメクラブ』(白夜書房)誌上で初ヌードを披露。

翌月、『週刊プレイボーイ』の巻頭グラビアを飾り注目を集める。

以後グラビアで人気。

同年9月には唯一のアダルトビデオ作品、『処女宮 うぶ毛のヴィーナス』に出演、大ヒット。

2014年11月23日、6歳年下の一般男性と結婚。

沙也加(さやか)

生年月日:1969年11月5日(52歳)

1988年に「浅井沙也加(あさい さやか)」としてAVデビュー。程なく「沙也加」に改名。

童顔で華奢な体型に似合わずSM・アナルセックス・放尿といったハードプレイもこなした。また、パイパンで出演した作品も。母乳が出せることでも知られる。

80年代後半にAV業界を席巻した淫乱ブームの一翼を担い、豊丸、千代君、有希蘭と共に淫乱四天王と呼ばれました。

後藤 えり子(ごとう えりこ)

生年月日:1968年8月24日(53歳)

西崎彩名義で1988年にデビュー。

その後、後藤えり子に改名。

聖心女子大学中退で、中学、高校も聖心という肩書がデビュー時に各週刊誌の話題となるが、当時は女子大生AV女優が話題となっていた時期で、実際は北海道にある同系列の専門学校だった。

1989年には11PM(日本テレビ)のカバーガールにも抜擢。

1980年代後半から1990年代前半にかけて人気を博し、趣味がディスコ通いというバブルの時代を体現した女優としてもてはやされる。身長163cm・バスト86cm・ウエスト59cm・ヒップ84cmの美巨乳、スタイル抜群の美女女優。

熟女オールスターズ1.2

1989年AVデビュー(昭和天皇崩御、手塚治虫死去、中国の天安門事件)

青山 ちはる(あおやま ちはる)

生年月日:1967年(55歳)

美容師など職を転々としているうちに渋谷でスカウトされ、1989年9月、松下ルミとして、『ルミのもっこり秘丘』(クリスタル映像)でAVデビュー。

1990年初頭に青山ちはるに改名。

デビュー時は今ひとつ垢抜けない感じであったが、髪型をストレートのロングヘアに変え、イメージチェンジした頃から微乳の美少女系AVアイドルとして人気が出ました。

松坂 季実子(まつざか きみこ)

生年月日:1969年10月21日(52歳)

大妻女子大学短期大学部在学中スカウトされ、1989年にAV監督・村西とおる率いるダイヤモンド映像よりデビュー。

当時のAV女優としては並外れたホルスタイン並の巨乳が大きな反響を呼んだ。

バストサイズは「110.7センチ」としていたが、これは「イイオンナ」の語呂合わせ。

実際は90センチ台だったという。

芸名は、当時のいい女の代表格と評された女優、松坂慶子の「松坂」と池上季実子の「季実子」を組み合わせたもの。

松坂の登場によりAV業界全体に「巨乳ブーム」が巻き起こり、「巨乳もの」はAVの一ジャンルとして広く認知されるようになりました。

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いとうしいな

生年月日:1970年(52歳)

東京都立足立高等学校時代に『柏木ゆかり』の芸名でグラビアデビュー。

高校卒業後、『椎名かほり』としてAV女優としてデビュー。

その後、『いとうしいな』に改名。

22歳で引退するまでに60本以上のアダルトビデオに出演。

引退後は、水商売や生命保険の外交員などを経て錦糸町でスナックを開業。

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桜樹 ルイ(さくらぎ るい)

生年月日:1969年3月8日(53歳)

1990年代前半を代表するAV女優。

当時AVは千本売れればヒットと言われる中で、出す作品が毎回コンスタントに八千本から一万本を売り上げる人気を誇り、AVクィーンと呼ばれました。

1989年4月に『アダルトさせて』でAVデビュー、2本の作品に出演するが大きな話題にはならなかった。

1990年4月、桜樹ルイと改名し、さらにAVを出すことを条件としてCD、『Papillon』(クラウン)で歌手デビューを果たす。

これまでAVでは本番はしていなかったが、転機となったのは当時、作品内で確実に本番行為を行ってることで有名だったダイヤモンド映像に移籍してからで、そのハードな内容で一気に人気に火がつき、以後はトップAV女優として出演を重ねていくが、親に知られて勘当状態に。

このダイヤモンド映像時代の作品群は今も人気が高い。

スーパー・ボンデージ2 桜樹ルイ

林 由美香(はやし ゆみか)

生年月日:1970年6月27日(没年齢:34歳)

東京都出身。1989年5月、小栗由美香名義で出演したカラミなしのアダルトビデオ『ドクドクどっきん身体検査』(テン・ビデオ、名取あやと共演)でAVデビュー、

翌6月に林由美香名義の『しがみつく18歳 お嬢様はしたない』(ミス・クリスティーヌ)で本格デビュー。

正統派美少女のルックスを持ちながらもハードプレイを次々とこなすと言うアンバランスさでたちまち人気を博す。

2005年6月28日、自宅で亡くなっているのが発見。警察発表によれば、死因は事件性・事故性のない自然死で、死亡推定時刻は誕生日1日前の6月26日22時とされている。

死因については当初憶測を呼び、一部報道では自殺説なども出ていた。

直前に主演作として撮り終えていた、長年の親友である吉行由実監督のピンク映画『ミスピーチ 巨乳は桃の甘み』が遺作となった。

『報道ステーション』の亡くなった著名人を追悼する「さよなら…」で林の特集も放送。2006年4月に、林由美香は第18回ピンク大賞特別賞を受賞。

エクストラミセスバーチャ15 林由美香

樹 まり子(いつき まりこ)

生年月日:1970年1月28日(52歳)

1989年、青木さえ子名義で『素晴らしき日曜日』[2]『快楽天国』『猥褻淑女ビーナスの雫』の3本同時リリースで、AVデビュー。

当初はこれで引退予定であったが、『巨乳』『淫乱』のキーワードで人気が沸騰。

その後、お願いされること断れない性格だったこともあり、『樹まり子』に改名し、1990年に活動を休止するまでの間、AVのみならず成人映画も含めて50本以上の作品に出演(月に5本弱というハイペースで作品をリリース)。

わずか2年間の活動にもかかわらず、上記にあるように、当時のAV界での超売れっ子女優であり、当時のAV業界の景気がいかに凄かったかを物語っている。

AV男優の加藤鷹と同棲していたことでも知られている。

だが、人気絶頂の1990年に活動を休止し、活動の場を雑誌のコラムの執筆やインタビューの聴き手等に移し、AVの仕事は行わなかったが、1992年に『樹マリ子』と改め、再びAV女優の活動を再開する。当初は5本限定との契約だった。

1994年に再び活動を休止。

Legend VOL.2 樹まり子

工藤 ひとみ(くどう ひとみ)

生年月日:1970年8月17日(51歳)

1989年、業界入り。

1989年6月、週刊プレイボーイ(6/27 28号 集英社)にてヌードグラビアデビュー。ビデオデビュー前に十数誌に登場し、話題。

1989年7月22日、『恋模様』(宇宙企画)でAVデビュー。引退までに70本以上のビデオ作品に出演。

1990年6月、浅草ロック座にてストリップ初舞台。その後、活躍の場をAVからストリップへと移し全国各地で公演。

1999年9月20日、仙台ロックでの舞台を最後に引退。

悦虐縄人形 工藤ひとみ

庄司 みゆき(しょうじ みゆき)

生年月日:1970年1月8日(52歳)

93センチ、Eカップの美巨乳女優。

80年代後半から90年前半に活躍。

細身なのに巨乳、長身で野性的な顔立ちなのにおっとりした癒し系として、舌っ足らずな喋り方に大人気。

「逆ソープ天国」シリーズの初代ゲストとしても出演。

1990年に引退。

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五島 めぐ(ごとう めぐ)

1970年10月20日(51歳)

1989年、『刹那主義』でデビュー。

90年代の初め頃に活躍したAV女優で、お嬢様風のルックスと、それに反するような巨乳で人気を博す。

単に巨乳と言うだけでなく、乳輪もシングルCDよりも大きかった。

3サイズが異なるプロフィールがあり、FANZA・AV女優名鑑プロフィールでは、B94cm W59cm H90cm。

加山なつ子(かやまなつこ)

生年月日:1971年1月31日(51歳)

1989年に加山なつ子としてAVデビュー。

1990年にいったん引退。

子供ができたことで22歳で結婚も、1年半で離婚。

2004年に加山なつことして復活。復活後はムチムチの豊満ボディの熟女系の女優として活動。復帰はデビューが同時期であった林由美香との再会が大きいと語っている。

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