AV史最高の美巨乳AV女優は?年代別AV女優ランキングトップ40

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AV史最高の美巨乳AV女優は?

年代別AV女優ランキングトップ40

AV女優(エーブイじょゆう)というのは、日本のアダルトビデオ(AV)に出演する専門の女優のこと。

日本独自の性文化であり、AV女優のクオリティーは海外でも評価も高く、「AVアイドル」「セクシー女優」としてメディアにも多く出演することも。

AV女優は約3000人 

現時点で活躍するAV女優は約3000人。

これまでに延べ約20万人の日本人女性がAV女優として、AVビデオに出演したとされています。

200人に一人はAV女優

10代~50代の日本人女性のうち、200人に一人はAV女優。

20代の日本人女性の約3割が風俗やAVの経験があるとされています(日本人女性の20人に1人は風俗の仕事を経験)。

AV史最高の美巨乳AV女優は?

AV女優(AVビデオ)が誕生したのは、1980年代。これまで最も可愛く美しく、セクシーでエロかったAV女優は?

AV史最高の美巨乳AV女優は誰なのか?

年代別ごとに、AV史最高の美巨乳AV女優を選んでみました。

1980年代 おすすめの人気AV女優は?

美巨乳AV女優ランキングトップTOP10

80年代後半にバブル絶頂期を迎えたこの時期。全国で校内暴力が社会問題化したのもこのころ。まだワープロだった時代。

ノートパソコンが登場し始めたのは1989年のころです。若い女の子たちの間で、“聖子ちゃん(松田聖子)カット”が大流行。

なめ猫に代表される不良ブームや、ロリコンブームが起こったのもこのころ。

AVビデオが登場

80年代後半になってからアダルトビデオ(AVビデオ)が登場し、街角のポルノ映画が衰退。

東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(逮捕された宮崎勉は死刑に)が起こり、“おたく”が注目を集めました。

80年代は“淫乱ブーム”

新しく誕生したAV業界では、ひとつのブームが起こります。“淫乱ブーム”。

これまでの映像では、女性が一方的に「される側」「受ける側」でしたが、女性みずからがセックスを楽しみ、性的快楽を求める映像が新鮮に映り、多くの男性に衝撃を与えました。

黒木香(くろき・かおる)の画像、動画

激しいフェラチオやエロい騎乗位。ドSの女が登場し、男のM性を突き付けられたAV作品が増え始めたころ。

横浜国立大の在学中に、イタリアへの留学資金を得るためにAVに出演した黒き香は、1980年代を代表するAV女優の一人。

デビュー作の『SMぽいの好き』が大ヒット。「良家の令嬢」でありながら、激しいセックスの最中に、笛をピピ―吹き鳴らすことで自らの快楽を表した異色の作品です。

「風俗嬢やAV女優は頭が悪く、粗悪な女」という常識を覆し、16歳から剃毛していない“わき毛”を露出して話題に。

討論番組のテレビ朝日『朝まで生テレビ』でパネリストとして出演したこともあり、多くの男性からの注目を集めたAV女優です。

村西とおると愛人関係にありましたが、ギャラの不払いで村西と別れ、AV業界を引退。東京・中野のホテルから飛び降り自殺を図りました。

豊丸(とよまる)の画像、動画

80年代の淫乱ブームをけん引したのは、豊丸もその一人。

この時期、沙也加、咲田葵、亜里沙、沖田ゆかり、栗原早記、有希蘭、千代君といった女優が淫乱派として覇を競いあいましたが、セックスの最高潮の時に、「イグーッ!イグーッ!」と白目をむいて絶叫する豊丸に敵(かな)うAV女優はいませんでした。

1989年のデビュー作『吸淫力 〜史上最強のワイセツ〜』では、膣にダイコンを挿入し、アナルセックスも。

女性器に大根を挿入したプレイやフィストファックは当時としては新鮮。

「男の人と目が合っただけで濡れる」「男性経験1000人以上」「一度に12人の男の人とベッド・インした経験がある」と言いながらも、プライベートでは心づかいが細やかで礼儀正しい。

そんな豊丸の慎ましい姿は、神聖な女性性を感じさせ、多くの男性から支持されました。

1975年にアグネスラムが登場

一方、アイドル界では、1975年にアグネスラムが登場。かわいさ、エロティックさを鮮烈に打ち出し、巨乳ブームの火付け役に。

1977年には、和製の巨乳アイドル第1号、榊原郁恵がデビュー。

美巨乳系の女性が次々とAVデビュー

やがて1981年にアダルトビデオ(AV)が誕生し、AV界では樹まりこ、いとうしいな、卑弥呼など美巨乳系の女性が次々とAVデビュー。

正常位や騎乗位、後背位で、形のいい大きな乳房が揺れるセックスシーンは、鮮烈な性的興奮を多くの男性に与えました。

樹まりこ(いつき・まりこ)の画像、動画

1989年に、青木さえ子の名前で『素晴らしき日曜日』『快楽天国』『猥褻淑女ビーナスの雫』の3本同時リリースでAVデビュー。

『巨乳』『淫乱』という空前のブームが沸き起こり、人気が沸騰。

その後、『樹まりこ』に改名。成人映画も含めて50本以上の作品に出演。

しかし、人気絶頂の1990年に活動を休止。

1992 年に『樹マリ子』と改め、AV女優の活動を再開。この時の出演契約は6本3000万円。

AV史上最高額のギャラとなり、この記録は今も破られていない。

松坂季実子(まつざか・きみこ)の画像、動画

1989年に、GカップのAV女優・松坂季実子が登場。元号が昭和から平成に変わった直後のこと。

バストのサイズが110センチが話題に。村西とおる監督作品『でっか~いの、めっけ!!』など、巨乳系の女性作品が爆発的な売り上げを記録しました。

AP通信が、松坂季実子の人気ぶりを世界に配信するほど。

アダルトビデオが市民権を獲得し、“巨乳”という新たなキーワードが誕生したのも、このころです。

秋元ともみ(あきもと・ともみ)の画像、動画

高校在学中に原宿でスカウトされ、ファッションモデルとして活躍。

1986年に全日本ビデオソフト協会主催による「ビデオクィーンコンテスト」で審査員特別賞を受賞。

その後、宇宙企画から、作品『卒業します』でAVデビュー。麻生澪、早川愛美らとともに、AV界のアイドルを誕生させるきっかけとなりました。

デビュー作と、2作目『青空に星いっぱい』、3作目『少女神話』を含めて、『セーラー服3部作(卒業3部作)』と呼ばれ、グラビアアイドルとしても活躍。大ブレイクしました。

後藤えり子(ごとう・えりこ)の画像、動画

1980年代後半~1990年代前半に活躍。趣味がディスコ通いと、バブル時代を象徴するAV女優です。

AVデビューは、1988年。聖心女子大のAV女優として話題に。

日本テレビの人気番組11PMのカバーガールに選ばれたことも。その後、ストリッパーとしても活躍しますが、大麻取締法で逮捕されました。

菊池えり(きくち・えり)の画像、動画

B94の美巨乳 のAV女優が、菊池えり。

10代で風俗嬢。1984年に裏ビデオに出演。1985年に、菊池えりの名前でAVデビューしました。

デビュー作の『シスターL』はAV史上に残る名作と言われ、SMファンだけでなく、AVマニアの間で話題になり、大ヒット。現在は名古屋のファッションヘルスに在籍。

小林ひとみ(こばやし・ひとみ)の画像、動画

1986年に、松本かおりの名前で写真集とイメージビデオを同時販売し、19歳で芸能デビュー。

その後、小林ひとみに改名し、作品『禁じられた関係』でAVデビュー。

抜群の可愛いさ、トップクラスの美しさ。アダルトビデオを、サブカルチャーとして確立させた功績があり、『AV女優』という呼び名が一般化したのは、小林ひとみが出現したからと言われています。

庄司みゆき(しょうじ・みゆき)の画像、動画

80年代後半~90年前半に活躍。細身なのに巨乳。長身でスタイル抜群。

おっとりした癒し系のキャラ。舌っ足らずな喋り方が可愛くて人気。

1989年に作品『逆ソープ天国』でAVデビュー。

工藤ひとみ(くどう・ひとみ)の画像、動画

1989年に作品『恋模様』AVデビュー。神秘的な美しさの漂う、美少女系のAV女優として人気。

1990年初めには香港映画に出演。海外での活躍は、当時のAV女優としては異例。

1999年の仙台ロックでの舞台を最後に引退。70本以上のAV作品に出演しました。

1990年代 おすすめの人気AV女優は?

美巨乳AV女優ランキングトップTOP10

平成2年~平成11年にあたるのが1990年代。アニメの『ちびまる子ちゃん』が大ヒット。

95年には阪神大震災、オウム真理教による地下鉄サリン事件が発生。

97年には東電OL殺人事件が起き、被害者のプライバシーを暴く報道に厳しい目が向け得られました。

援助交際が話題に

不登校や引きこもり問題が深刻化。少年らによるサラリーマンを狙った「オヤジ狩り」が頻発。

女子中高生の売春(援助交際)が話題に。暴走族の高齢化といった現象も。

“小室ファミリー”と呼ばれるTRF、globe、華原朋美、篠原涼子などの歌手が一世を風靡したのもこの時代です。 

AV業界では競争が激化 

AV業界に変化が起こってきたのもこの時代。AVビデオというのは高額。

このため、レンタルビデオが人気でしたが、ビデオ安売り王が出現。ヘアやアナルの露出OKと規制が緩和されたこともあり、爆発的なヒットに。

AVビデオの価格が、2980円と価格破壊が起こり、AV業界では競争が激化。女優の質や内容が求められたのもこの時代です。

90年クラリオンガールに、かとうれいこ

「ソフト・オン・デマンド」や「桃太郎映像出版」が新たに登場し、セルビデオブームが一気に到来。

一方、芸能界では、90年クラリオンガールに、かとうれいこが選ばれ、Gカップの巨乳と抜群のプロポーションで人気。

雛形あきこ、佐藤江梨子、井上晴美、飯島直子といった巨乳系のセクシーアイドルが次々と登場していきます。

卑弥呼(ひみこ)の画像、動画

90年代初頭に衝撃的なデビューを飾ったのは、ミス日本に選ばれた伝説のAV女優・卑弥呼(ひみこ)。かとうれいこの巨乳ブームに乗るように登場し、90年にAVデビュー。抜群のプロポーション、美しさで人気。

日本版の“トレイシー・ローズ”と呼ばれ、ミス日本の名に恥じない、日本人離れしたゴージャスなボディと、素晴らしい美貌、妖艶なドエロぶり。

一本の出演料が500万円とも、1000万円とも言われるAV女優です。

あいだももの画像、動画

90年代の美乳AV女優と言えば、おすすめは「あいだもも」。

89年に、プレイメイトジャパンでグランプリを獲得。共同石油のカレンダーのイメージガールに抜擢された正統なグラビアアイドル。

90年にAVデビュー。91年には、俳優の高知東急と結婚し、いったんはAV業界を引退。

高知東急と知りあったきっかけは、AV撮影での共演。抜群の可愛いルックス、スタイルでありながらも作品数は少なく、こちらも伝説のAV女優。

白石ひとみ(しらいし・ひとみ)の画像、動画

90年に作品『ヴァージン・エクスタシー 官能姫』でAVデビューした、白石ひとみは美少女AV女優の先がけ。

https://duga.jp/ppv/mediabank-0114/

抜群の可愛いルックスで、トップクラスのAV女優に。親バレが原因で一旦は引退しますが、親の公認のもと、『新・官能姫』で91年にAV業界に復帰。

AV業界だけでなく、Vシネマや写真集、テレビタレントとしてもマルチに活躍。

桜樹ルイ(さくらぎ・るい)の画像、動画

90年代前半を代表するAV女優の一人で、今も根強い人気がるAV女優が桜樹ルイ。

当時のAVは、1000本売れればヒットと言われた時代。その中で、桜樹ルイのAV出演作品は8000~1万本を売り上げ、絶大な人気。“AVクィーン”と呼ばれました。

当時のAVは画像が悪く、モザイクの技術も低く、本番行為(セックス)は疑似的なものが多かったのですが、桜樹ルイは完全に本番行為を行い、ハードすぎるセックスで一気にブレイク。

AVだけでなく、NHK大河ドラマ『春日局』に端役で出演するなど、当時としては異色すぎるAV女優。知名度の高いAV女優です。

飯島愛(いいじま・あい)の画像、動画

90年代で、知名度抜群のAV女優といえば、飯島愛。

不良仲間とクラブで遊んでいたり、カツアゲしたりするなどヤンキー生活を送っていた中学時代。高校もすぐに中退。

六本木でホステスをしていたころにスカウトされ、1992年にAVデビュー。94年にAV業界を引退し、タレントとしてテレビで活躍。

当時としてはAV出身で、テレビで普通に活躍するなど異例中の異例。

2000年に『プラトニックセックス』を出版。性の苦悩や女性の生き方など、窮屈な現代日本にあって、自分を赤裸々に語った内容は、多くの女性の共感を呼ぶことになり、人気は不動のものに。

飯島愛には謎が多く、飯島愛が引退した本当の理由や自殺、死因には、暴走族の関東連合が関わっているのではないかとの噂。

森下くるみ(もりした・くるみ)の画像、動画

98年に「ソフト・オン・デマンド」からAVデビュー。抜群に可愛いロリータ―フェイス。美肌と美乳。約10年にわたって人気を博したAV女優です。AV女優引退後は主に文筆家として活動。

岡崎美女(おかざき・みお)の画像、動画

岡崎美女も、90年代を代表する美しいAV女優の一人。1995年にAVデビュー。2009年ごろまでAV女優として活躍。

憂木瞳(ゆうき・ひとみ)の画像、動画

憂木瞳も、90年代前半を代表するAV女優。「中山 アンナ」「工藤 あずさ」「憂木 ひとみ」「石黒 樹里」といった別名を持ちます。

美容専門学校に通っていた時に新宿でスカウト。92年に作品『危ない寄り道帰り道』でAVデビューします。

可愛いベビーフェイス。美肌美白の抜群のスタイル。ハードで、エロい絡みで人気急上昇。トップAV女優アイドルの一人に数えられるようになりました。

学生時代はサッカー部のマネージャー。サッカー部レギュラー11人中7人と関係があったそう。

夕樹舞子(ゆうき・まいこ)の画像、動画

夕樹舞子も、90年代のAVクイーンの一人。95年に作品『処女宮 卒業〜グラデュエーション〜』でAVデビュー。

きっかけは、レイプされたため、男性恐怖症になってしまい、これを克服するため。17歳のころにすでにAV女優になることを考えていました。

ロリータフェイスに、抜群のプロポーション。AVアイドルとして一躍人気。海賊版AVが流出し、台湾や香港などアジアでも人気。

映画女優並みの人気があり、「アジアの女神」とも。念願だったNHKドラマにも出演。2010年にAV女優として復活。復活理由は「伝説の女優と言われているので、そろそろAVにも出なくては、と思った」から。

小室友里(こむろ・ゆり)の画像、動画

1990年代後半のAVクイーンとして君臨した小室友里。“レンタルビデオ最後のAVアイドル”として知られています。グラビアアイドルとして活躍した後、96年に作品『新・官能姫 第2章』でAVデビュー。

ロリータフェイスの可愛い顔ながら、本番やハードなプレイをこなし、親しみやすいキャラと美貌で多くのファンを獲得。

主要AVメーカーの代表的なシリーズを総ナメし、1999年にAVから引退するまで、約4年間にわたり、ナンバーワンAV女優として君臨。

おわりに

AV史最高の美巨乳AV女優は?

「年代別AV女優ランキングトップ40」をご紹介してきましたが、AV史最高の美巨乳AV女優は誰なのか?

個人的には、「樹まり子(いつき・まりこ)」ではないかと思います。

1992 年に『樹マリ子』と改め、AV女優の活動を再開。この時の出演契約は6本3000万円。AV史上最高額のギャラとなり、この記録は今も破られていません。おそらく今後も破られることはないでしょう。

何よりも、カリスマのAV男優、加藤鷹が共演中にマジ惚れした伝説のAV女優が「樹まり子」。加藤鷹がは、1988年のデビューから26年間、抱いた女優は8000人。AVの撮影現場で、唯一勃起しなかったのは、樹まり子との絡みの時だけでした。

理由は『真剣に惚れてしまったから』です。

樹まり子と付き合い出したころ、加藤鷹は苦しみ始めました。AV監督に相談に行き、「好きでもない女のマンコを舐めたくなくなったんですよ」と激白したことも。

顔や身体が美しく、スタイル抜群で綺麗な女は、この世にはたくさん。しかし、一人の男をここまでマジ惚れさせた「樹まり子」。彼女こそが伝説のAVクイーンではないでしょうか?

失ったもの……日本女性の性のモラル

AVの歴史を振り返る時、この40年間で失ったのは経済力ではなく、日本女性の性のモラルでしょう。

風俗嬢やキャバクラ嬢、AV女優になりたがる日本人女性が急増。

飯島愛はAVデビューするものの、裏ビデオが流出されるのを恐れ、苦しみ続けていました。

今、女性器を明るい光の中で丸出しにして、精液をたらりと中出しされるAVはごく普通に見られるようになりました。

現在は、スマホで自由にAVを見ることができます。海外でも、日本のAVは人気。海外旅行で、よくゲストハウス(ドミトリールーム)に泊まりますが、日本人女性のことが話題になることもあります。

若いころのディカプリオに似たイケメンの欧米人男性が露骨に日本人女性とのセックスを笑いながらしゃべっています。

「こいつら(日本人女性)は、タダでやらせる売春婦だ。ちょっとロマンテックに過ごしてやると、すぐにやらせる。イエローキャブって、本当だ」

タイやベトナム、カンボジア、ミャンマー、中国では、生活苦のために売春する女性が多いです。

しかし、日本では生活苦ではなく、「セックスで楽して大金を稼ぎたい」「タレントとしてTV出演できて、有名になるならAV女優をやってもいい」と思う日本人女性も少なくありません。

ごく普通に街角で出会い、日本人女性とセックス。

すぐにセックスやらせて、お金を請求してこないので、「タダでやらせる売春婦だ」と、遊び人の欧米人男性たちに思われているようです。

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